中禅寺湖畔と改修中の陽明門(後編)

2015-08-14      
 中善寺から小一時間の漫ろ歩きの末、漸く辿り着いた。



 お洒落な立て札のあまり、この大きさのスナップでは何が書いてあるか判らない・・・イタリア大使館別荘記念公園に到着した。湖畔にほど近いところにある落ち着いた雰囲気の木造の建物が旧別荘、その周辺を公園に仕立てた感じだ。

 別荘から見下ろす形で中禅寺湖が見える。開け放した窓から涼しい風が吹き抜け、実にゆったりとした時間が流れる。右手に見える男体山をスナップに納めてみた。



 雨粒を孕んだような雲が刻々と形を変えながらゆく様は、長く眺めていても飽きない。広い縁側に背の長い椅子が置かれ、我ら一同、大いに寛いだ。孫娘も小一時間のお昼寝・・・流石に随分と歩いてきたから、ぐっすり眠ったようだ。

 そうそう、この建物の内装も小洒落ていて好ましい。



 洗練された内装の雰囲気を上手く撮ったと思ったら、右下に娘の頭が写り込んでいた・・・やれやれ。

 1時間あまりの「長逗留」となった旧別荘を後にし、ホテルの方向に引き返した。今回は東武バス周遊付きの切符を持っていたから、公園入り口に近いバス停から2停留所ほど戻り、そこから少し歩いたところにあるレストランで遅めの昼食となった。自分は、鹿肉の燻製でビールを飲んだ。そして、ホテルを通り抜けてこれまた歩いて行ける距離にある「日光自然博物館」に行った。
 この博物館は、文字通り日光の自然を紹介してくれる博物館で、15分程にまとめられた日光の自然を納めた映画を上映している。かなり大きなスクリーンに映し出される綺麗な映像・・・な筈なんだが、始まって暫くしたらビールのほろ酔いで不覚にも眠ってしまった・・・。
 展示自体は、勿論日光に生息する動植物の紹介であるが、昆虫好きの自分にとっては珍妙奇っ怪なる昆虫は見つけられず少しガッカリだったが、それでもルリボシヤンマの標本をしげしげと眺めたり、案外難しいクイズマシンの問題を解くのに窮したりしていた。

 頃合いの時間となり、またしてもお菓子を買い込みつつホテルに戻り、昨日同様にワイワイガヤガヤとしゃべり、温泉に浸かり、美味しい夕食を頂けば、あとは銘々のペースで眠りにつくのがよい。歩いたのは然したる距離でもないが、なだらかな上り坂を都合2時間歩いたのがちょっと堪えたのか、23時くらいには眠ってしまった。1時頃にふと覚醒すると、外は結構な豪雨。そうそう、今回はずっと曇天ではあるものの、上手いこと降られていないのが幸いだ。その雨音を聞きながら中途半端に目が覚めたことを後悔したが、やはり結構疲れていたのであろうか案外直ぐに寝てしまった。

 3日目・・・最後のイベントである東照宮巡り。10時頃までホテルでゆっくり過ごし、いろは坂を下ること20分あまりで最寄りのバス停「西参道」に到着した。そこから表参道を目指し、表参道に至ってはかなり長い上り坂を「老人ペース」で上っていった。



 茶の間で人気だったお馴染みの時代劇で全国区となった「葵の紋」を頂く「社号標」が参道の右側でお出迎えだ。鳥居を潜ってさらに急勾配を少し上っていくと左手に五重塔、そして漸く入り口に辿り着く。入館料を払って階段を上がると表門、さらにそいつを潜ると、最初に見られるのが有名な「三猿」である。



 右から「見ざる・言わざる・聞かざる」・・・実物は思いの外小さいが、滑稽な表情と手足の造形が皆に愛される所以であろう。この左右にも様々な「猿たち」がいて、一つひとつを楽しむことができる。

 振り向くと「上神庫」と呼ばれる建物があるが、こちらは日本人好みの「わび・さび」とはほど遠い、それこそキンキラキン・・・「これぞ、東照宮」といった構えが見られる。



 言葉では表せないこの煌びやかな感じは個人的には好みでないものの、徳川の栄誉をここまで誇示したのは、それはそれで凄いことだとは思う。勿論、建立当時にはそれこそ畏怖と羨望を突きつけるに十分だったに違いない。

 鳥居を潜れば陽明門は直ぐそこだ。歩みを進めると・・・



 ほっかむりをした陽明門が見えた。そう、ただ今「平成の大修理」の真っ最中。平成31年の3月一杯まで凡そ6年にも及ぶまさに「大修理」だ。実はこのこと自体は行く前から知ってはいたが、どこの改修工事と間違えたのか「既に終わっている」と思い込み、ろくに確認せずに来てしまったのだ・・・。

 気を取り直して、この工事中の陽明門(ある意味、これも特別なことではあるに違いない)を潜り抜けると、いよいよ本殿前の「唐門」が見えてくる。唐門の前は混雑が酷かったため、またしても右の方に流れて撮ってみた。



 無人にすることはできなかったし、側方に捌け過ぎて唐門の全貌が写せていない。まぁ、本殿との関係は判り易いとは言えよう。豪華絢爛たるこの佇まいは、外国の人々にはウケること間違い無しだろう。

 今回の東照宮来訪で確認したかったのが、「眠猫は思いの外小さい」ということだ。この旅行に同行した愚弟が、修学旅行の時の印象で「何だかえらく小さかった」という印象を協調する毎に、その5年前には見た筈の自分の記憶にこれっぽっちも残っていなかったことが癪にさわったからだ。
 果たして彼女(なのかどうかは判らぬ)は、確かに非常に小さかったのだ。


 周辺に比較できる物がないんで正確には解らんが、せいぜい横幅15cmくらいであろう。クッと眼を閉じるそれは、欄間の装飾として何百年も眠り続けていたのであろう。

 この眠猫を潜り抜けると本殿の上にある奥宮にも行けるのだが、三百段あまりの階段が億劫で止めてしまった。我が一行の若い衆はさっさと上ってきたようだった。

 この後、本殿にある「鳴竜」の音を聞いた。確か修学旅行の際には、皆で手を叩いたり大きな声を上げたりして通過した記憶があるが、今回はきちんと説明をしてくれる人がおり、拍子木を鳴らして聞かせる形になっていた。竜の頭の下でしかその不思議な反響が起こらない作りになっているのだが、これは意図してそうしたのだろうか。
 鳴竜の直ぐ横で小さな鈴の守りを買った。この鈴は、さらに小さな鈴が中に密閉されており、何とも不思議な音を奏でる物だ。幾色の中から緑を選んだ。

 東照宮巡りは2時間余りで終えた。転ばぬようにと声を掛けながら結構急な坂をバス通りまで下っていくと信号渋滞が見えたが、ほど近いバス停でほんの5分程待っていたら東武日光駅行きが来た。これに乗車して駅までは10分程で到着した。



 ここから遅めの昼食へ・・・「湯葉、湯葉・・・」と念仏のように唱えていると、伯父貴と母が駅の案内所で頃合いの場所にある食堂を聞き出してくれた。駅から5分程のところにあるちょっと不思議な佇まいのお店で、入りしな「大丈夫かな、ここ・・・」などとちょっと引いてしまったものの、出てきた湯葉料理と天ぷら蕎麦が大変美味しかった。皆、一様に満足の昼食となった。ありがとう、案内所の人。

 駅に戻りしな土産を買って駅前のベンチで孫娘を囲んでいたら、早くも車組の息子家族が帰路に着くことに。暫し別れを惜しんだら、今度は我が電車組も発車の時間となった。下今市で特急に乗り換えた後の車内では、少々くたびれ気味の連中が「寝落ち」していったが、自分は伯父貴とあれこれ四方山話に花を咲かせていたら、あっという間に浅草に着いた。

 時刻は18時。数時間前に食べた昼食が未だお腹に残っている感じもするが、それでも食いしん坊なご一行はやはり「夕飯は夕飯」として食べちゃうのである。



 何ともメチャメチャなスナップであるが、まぁ良かろう。このように、窓からスカイツリーが見えるレストランで、またしても美味い料理に舌鼓を打ち、旅程を振り返って談笑してから伯父貴と別れ、我が家の住人は電車での帰宅となった。この後、丸3日間エアコンを入れていない家の温度(居間の温度が34度だった)を2時間程して下げるのは、こうした夏休みの家族旅行恒例のことだ。
 そして、徐々に温度が下がっていく部屋の中、自分の布団に転がる幸せを感じながら、あっという間だった今年の家族旅行を一人振り返る・・・とこういけば、この旅行記も大団円で終わるわけだが、部下からの急なメールに気付いて一気に現実に引き戻された・・・。まぁ、こんなものだな。

 さぁ、来年は何処へ行こうか・・・って、幾ら何でも未だ早いな。
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アパマンというハンデにさらにQRPまで課し、失敗連続のヘッポコリグや周辺機器の製作・・・趣味というより「荒行」か!?

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