CW用クリスタルフィルタの設計・製作(その2)
2017-06-24
前回記事では、”Dishal”の設計作業についてその「乗っけ」の様子にフォーカスしました。基準となる水晶を用いて付随するコンデンサの容量が求められたわけですが、これがどんな特性になるのかを知るためにはこれまた大変優れたツールを紹介する運びとなるんです。それもメーカ製でありながら「無償」という代物・・・思えば、オープン系のソフトウェア開発がポピュラーになった頃から、こうした有益なソフトが無償提供されるようになったような気がします・・・って、またしても大幅に脱線しそうなんでこれくらいにして
今さら改まっての紹介もおこがましい”LTspice"の登場です。
このツールについては、それこそ書籍まで「完備」されていますからこの記事では詳しい説明はせず、専ら”ユーザ”として6ポールフィルタの特性を「観る道具」として活用します。
1.LTspiceでシミュレート
まず、前回記事でフィルタの基準周波数を「こいつ
」と決めた#2の水晶の諸元(Cpは今回使用する水晶の平均値:4.0pF)を使って、6個の水晶が全部同じだという仮定でシミュレーションしてみました。

このシミュレーションでは、各水晶の等価回路から抵抗を省いています。これは、"Dishal"の計算の前提が「損失のない水晶」・・・言い換えるとQuが無限大の水晶を使った計算となるためです。さらに、全ての水晶が「同一」となれば、設計通りの結果が得られるのは当たり前なんですが、ここで思わず唸ったのは"LTspice"で忠実にこの様子を再現できたこと
今後の設計上の調整にも安心して使えることが判りました。
それにしても、”Dishal”の設計結果を見事に再現していますね。”はじめ人間ギャートルズに登場する火山"のようですが(
)、特性的には大変綺麗です。0.1dBで設計したBW内の極少リプルがこのグラフィックにも凸凹として見えています。ただ、実際には0.2dB程度のリプルのようです(拡大して確認)。さらに、この縮尺では判り難いですが、このフィルタの中心周波数は大凡”Dishal”の設計結果である"4094.791KHz”になっています。
全く同じ諸元の水晶の準備はほぼ不可能ですが、もし同じようなもの(=許容にたえるもの)が必要個数準備できると、こんな風に綺麗な特性(=意図した特性)のフィルタが作れるかも知れないということを、このシミュレーションは物語っています。
2.#2の水晶と組み合わせる水晶の決定
ここで一旦ステップバック
少々荒っぽくまとめた「その1」ですが、肝心の「水晶の順番」を決める部分・・・#2とその対を成す水晶のチョイスについてクローズアップします。表を再掲。

この表はfsを昇順に並べたものです。”Dishal”のフィルタ設計では、基準周波数にする水晶はばらついた中のほぼ真ん中辺りのものを#2の位置に選ぶと良いようで、さらに対を成す#n-1・・・#5(nはポール数、今回は6ポールのため#5)にはそれより少し低い周波数のものを置く必要があります。逆に言うと、#2より低い周波数のものしか#5には採用できませんから、#2と#5の組合せはこのfs順の表である程度決まってしまいます。さらに、#2と#5は近い周波数のものを選ぶと『コンデンサ減らしの恩恵』が受けられます
この辺りを少し詳説してみましょう。
まず、真ん中辺りを選択するとなると①4094.665KHz、②4094.671KHzが良さそうですね。では、まずは①を選んで”Dishal”に設計を進めて貰いましょう。

実はここから先の設計は、既に出ている結果を基に「サブプログラム」を使ってコンデンサ容量の補正を行います。サブプログラムの"Xtal Tuning"は、”Dishal”のメニューバーの"Xtal"を押すとドロップダウンリストの3番目に表示され、これを押すとポップアップされます。ポップアップされたプログラムの中に既にあれこれ数字が入っているのが判りますね。
入力フィールド中の青字の部分は、Ck12、Ck23の計算結果を含め基準周波数として使った#2の諸元が自動的に設定されます。一方、2つの赤字の入力フィールドにはポップアップ直後には適当な値が設定されていますので、ここに調整したい水晶のfsと”Nominal offset"を入力します。
fsについては、①に最も近くて低いfsである4094.663KHzを素直に入力すれば良いのですが、”Nominal offset"がよく解りませんよね
この英単語が日本語になり難いんですが、名目上の⇒公称の⇒表向きの・・・要は調整に必要となる表向きのオフセットということですって、意味不明でしょ
このフィールドの意味は置いといて、ここで行いたいのは#5の水晶に付加するコンデンサの容量を求めたいわけです。この場合は、#2とのオフセットは無い方が良いわけですから「0」を入れましょう。
さぁ、”Calculate”を押してみましょう・・・”Tuning Capacitance”は「13582pF」(≒0.014μF)と出ました。かなり大きな容量ですね。
では、もう一つ・・・②の方を計算してみましょう。
これは、”Dishal”に②の水晶の諸元を「こいつが#2だぜぇ
」と教えて(入力して)やった上で、上と同じように”Xtal Tuning"をポップアップさせればOK。早速、結果を見てみましょうか。

「4588pF」になりました。これでも同調容量としては大きい値ですが、やはり①の方が断然大きい値ですね。
このように、#2と対を成す水晶のfsが近い程、直列に付加する同調コンデンサの容量が大きくなる・・・そうなんです、そもそも調整すべき周波数オフセットが小さければ、このコンデンサを省いても周波数特性への影響は僅かです。
先に書いた「コンデンサ減らしの恩恵」とは、実はこのことです。即ち、基準周波数を定義する#2の水晶と対を成す#n-1の水晶について、fsをできるだけ近い(かつ低い)周波数のものを選択すると、#n-1の周波数を調整するための同調コンデンサを追加しなくてもよくなります。ま、コンデンサ1つ節約することに意味があるかというと謎ですが、「どよよん流設計法」としては①をチョイスしたわけです。
ちなみに、どの程度容量が大きかったら省略可能か・・・これは製作するフィルタの帯域幅と中心(基準)周波数によって違ってきますが、数千pF以上(4000pFくらいが目安かな
)であれば省いても大丈夫そうです。つまり、②のチョイスでも大丈夫そうです。この辺りは、LTspiceであれこれ確かめてみる方がいいでしょう。
3.フォーマルな水晶配置でシミュレート
#2と#5が決まりました。残りの水晶にはそれぞれ同調コンデンサが接続されfsが調整できるため、ある程度自由にチョイスすることができますが、同調コンデンサの容量があまりに小さくなると損失が大きくなり上手くありません。
同調コンデンサの容量は既に計算されており、"Dishal"の左下に表示されている「Ck1=504.7pF、Ck3=1384pF」がそれです。この値は#2の水晶と同じものを使用した場合という仮の計算値ですが、この値からなるべくかけ離れないように水晶を選び出す・・・直感的には判り難いところですね。
このCk1,2の値の横に、何やら意味不明な周波数が書いてあります。題名は「Eqiv. Freq. Offset(Hz)」・・・等価周波数オフセットとでも訳しましょうか。これは、Ck1,3の容量をオフセットに換算した周波数という意味です。接続する水晶のfsは#2のfsからズレていますから、この等価オフセットと接続する水晶のfsのズレを加算或いは減算して再度きちんとしたオフセットを計算し直し、最終的にこれを同調容量として算出できれば水晶毎のズレがきちんと吸収されます。この再計算を行うのが"Xtal Tuning"の役割です。
ここで注意すべきは、Ck1(54Hz)の方がCk3(20Hz)より高い周波数へのシフトが必要だということです。つまり、Ck1が接続される#1,#6の水晶には、採用する水晶の中でfsが高いもの(上の表では4094.678KHzと4094.672KHz)をチョイスすればよく、これを常套手段と考えて良いと思います。6ポールの場合はこれで全ての配置が決まってしまいますね。

では、この順序で同調コンデンサを計算してひとまずフィルタとして設計完了まで持って行きましょう。まずはCs1を接続する#1から。Cs1の等価周波数オフセットは「54Hz」であることは判っていますから、これを上手く和訳できない"Nominal Offset"に入力し、#1に採用する水晶のfsである4094.672KHzを使って"Xtal Tuning"に計算させます。

「583pF」が再計算された同調容量です。こんな風に至極簡単に再計算できますから、「試行錯誤、上等
」的な方に向いていそうです・・・って、正に自分向き
この要領で#6を、さらに等価周波数オフセットを「20Hz」として#3,#4の再計算を行うと、全ての同調容量が求まります。結合コンデンサは前回記事で求めてありますから、これで全て揃いました。早速、シミュレーションしてみましょう。

う~ん・・・本物の火山のようになってしまいましたね
フラットな筈の天辺の部分は3.3dBくらいの範囲で波打っています。つまり、このまま組んだらあまり上手くないということですね。
そうそう、いまさらですが、前回記事に書いた「#の謎」はお解り頂けたんじゃないかな
4.フォーマルな配置でない場合の様子
そもそも前回記事にも登場した「選択した水晶」の表にも既に水晶の順序を示す番号が記してありますが、これは#2,5は同じですがフォーマルな方法でチョイスしなかった場合の一例です。これをシミュレートしてみましょう。

横風を浴びた幽霊のようになっています
天辺の平坦部分はフォーマルのものより広くなっていますが、その代わりに周波数が高い側の縁が5dBほどディップしているのが判ります。また、-40dB辺りの帯域が若干広くなっていることも判るでしょう。ただ、フィルタ特性の体は成していますね。
このように初期設計の時点では、6ポールくらいのフィルタで今回使う水晶のようにfsの広がり具合があまり大きくなければ、"Xtal Tuning"の調整に任せてある程度ラフに考えて良さそうです。
前回に続いて、また記事が長めになってしまいましたが、”Dishal”を使った設計はこれでお終い・・・次回はもっと実際の水晶に近付けて、フィルタ設計を完了させたいと思います。

このツールについては、それこそ書籍まで「完備」されていますからこの記事では詳しい説明はせず、専ら”ユーザ”として6ポールフィルタの特性を「観る道具」として活用します。
1.LTspiceでシミュレート
まず、前回記事でフィルタの基準周波数を「こいつ


このシミュレーションでは、各水晶の等価回路から抵抗を省いています。これは、"Dishal"の計算の前提が「損失のない水晶」・・・言い換えるとQuが無限大の水晶を使った計算となるためです。さらに、全ての水晶が「同一」となれば、設計通りの結果が得られるのは当たり前なんですが、ここで思わず唸ったのは"LTspice"で忠実にこの様子を再現できたこと

それにしても、”Dishal”の設計結果を見事に再現していますね。”はじめ人間ギャートルズに登場する火山"のようですが(

全く同じ諸元の水晶の準備はほぼ不可能ですが、もし同じようなもの(=許容にたえるもの)が必要個数準備できると、こんな風に綺麗な特性(=意図した特性)のフィルタが作れるかも知れないということを、このシミュレーションは物語っています。
2.#2の水晶と組み合わせる水晶の決定
ここで一旦ステップバック


この表はfsを昇順に並べたものです。”Dishal”のフィルタ設計では、基準周波数にする水晶はばらついた中のほぼ真ん中辺りのものを#2の位置に選ぶと良いようで、さらに対を成す#n-1・・・#5(nはポール数、今回は6ポールのため#5)にはそれより少し低い周波数のものを置く必要があります。逆に言うと、#2より低い周波数のものしか#5には採用できませんから、#2と#5の組合せはこのfs順の表である程度決まってしまいます。さらに、#2と#5は近い周波数のものを選ぶと『コンデンサ減らしの恩恵』が受けられます

まず、真ん中辺りを選択するとなると①4094.665KHz、②4094.671KHzが良さそうですね。では、まずは①を選んで”Dishal”に設計を進めて貰いましょう。

実はここから先の設計は、既に出ている結果を基に「サブプログラム」を使ってコンデンサ容量の補正を行います。サブプログラムの"Xtal Tuning"は、”Dishal”のメニューバーの"Xtal"を押すとドロップダウンリストの3番目に表示され、これを押すとポップアップされます。ポップアップされたプログラムの中に既にあれこれ数字が入っているのが判りますね。
入力フィールド中の青字の部分は、Ck12、Ck23の計算結果を含め基準周波数として使った#2の諸元が自動的に設定されます。一方、2つの赤字の入力フィールドにはポップアップ直後には適当な値が設定されていますので、ここに調整したい水晶のfsと”Nominal offset"を入力します。
fsについては、①に最も近くて低いfsである4094.663KHzを素直に入力すれば良いのですが、”Nominal offset"がよく解りませんよね


さぁ、”Calculate”を押してみましょう・・・”Tuning Capacitance”は「13582pF」(≒0.014μF)と出ました。かなり大きな容量ですね。
では、もう一つ・・・②の方を計算してみましょう。
これは、”Dishal”に②の水晶の諸元を「こいつが#2だぜぇ


「4588pF」になりました。これでも同調容量としては大きい値ですが、やはり①の方が断然大きい値ですね。
このように、#2と対を成す水晶のfsが近い程、直列に付加する同調コンデンサの容量が大きくなる・・・そうなんです、そもそも調整すべき周波数オフセットが小さければ、このコンデンサを省いても周波数特性への影響は僅かです。
先に書いた「コンデンサ減らしの恩恵」とは、実はこのことです。即ち、基準周波数を定義する#2の水晶と対を成す#n-1の水晶について、fsをできるだけ近い(かつ低い)周波数のものを選択すると、#n-1の周波数を調整するための同調コンデンサを追加しなくてもよくなります。ま、コンデンサ1つ節約することに意味があるかというと謎ですが、「どよよん流設計法」としては①をチョイスしたわけです。
ちなみに、どの程度容量が大きかったら省略可能か・・・これは製作するフィルタの帯域幅と中心(基準)周波数によって違ってきますが、数千pF以上(4000pFくらいが目安かな

3.フォーマルな水晶配置でシミュレート
#2と#5が決まりました。残りの水晶にはそれぞれ同調コンデンサが接続されfsが調整できるため、ある程度自由にチョイスすることができますが、同調コンデンサの容量があまりに小さくなると損失が大きくなり上手くありません。
同調コンデンサの容量は既に計算されており、"Dishal"の左下に表示されている「Ck1=504.7pF、Ck3=1384pF」がそれです。この値は#2の水晶と同じものを使用した場合という仮の計算値ですが、この値からなるべくかけ離れないように水晶を選び出す・・・直感的には判り難いところですね。
このCk1,2の値の横に、何やら意味不明な周波数が書いてあります。題名は「Eqiv. Freq. Offset(Hz)」・・・等価周波数オフセットとでも訳しましょうか。これは、Ck1,3の容量をオフセットに換算した周波数という意味です。接続する水晶のfsは#2のfsからズレていますから、この等価オフセットと接続する水晶のfsのズレを加算或いは減算して再度きちんとしたオフセットを計算し直し、最終的にこれを同調容量として算出できれば水晶毎のズレがきちんと吸収されます。この再計算を行うのが"Xtal Tuning"の役割です。
ここで注意すべきは、Ck1(54Hz)の方がCk3(20Hz)より高い周波数へのシフトが必要だということです。つまり、Ck1が接続される#1,#6の水晶には、採用する水晶の中でfsが高いもの(上の表では4094.678KHzと4094.672KHz)をチョイスすればよく、これを常套手段と考えて良いと思います。6ポールの場合はこれで全ての配置が決まってしまいますね。

では、この順序で同調コンデンサを計算してひとまずフィルタとして設計完了まで持って行きましょう。まずはCs1を接続する#1から。Cs1の等価周波数オフセットは「54Hz」であることは判っていますから、これを上手く和訳できない"Nominal Offset"に入力し、#1に採用する水晶のfsである4094.672KHzを使って"Xtal Tuning"に計算させます。

「583pF」が再計算された同調容量です。こんな風に至極簡単に再計算できますから、「試行錯誤、上等


この要領で#6を、さらに等価周波数オフセットを「20Hz」として#3,#4の再計算を行うと、全ての同調容量が求まります。結合コンデンサは前回記事で求めてありますから、これで全て揃いました。早速、シミュレーションしてみましょう。

う~ん・・・本物の火山のようになってしまいましたね

そうそう、いまさらですが、前回記事に書いた「#の謎」はお解り頂けたんじゃないかな

4.フォーマルな配置でない場合の様子
そもそも前回記事にも登場した「選択した水晶」の表にも既に水晶の順序を示す番号が記してありますが、これは#2,5は同じですがフォーマルな方法でチョイスしなかった場合の一例です。これをシミュレートしてみましょう。

横風を浴びた幽霊のようになっています

このように初期設計の時点では、6ポールくらいのフィルタで今回使う水晶のようにfsの広がり具合があまり大きくなければ、"Xtal Tuning"の調整に任せてある程度ラフに考えて良さそうです。
前回に続いて、また記事が長めになってしまいましたが、”Dishal”を使った設計はこれでお終い・・・次回はもっと実際の水晶に近付けて、フィルタ設計を完了させたいと思います。
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