FC2ブログ

丸二週のエア・ポケット

2015-02-21      
 多分、今後も風邪は引くだろし年と共に面倒な病気にも遭遇すると思うが、今回のインフルエンザの予後については書き留めておきたいと思う。何かの参考になるかも知れぬ。

 2/5頃に発症したインフルエンザを「風邪モドキ」と誤解したのは「体温の推移」によるものだ。37度くらいの発熱が続いたら、普通は「微熱=風邪」という公式が成り立つが、今回はマンマとこれに騙された。即ち、インフルエンザの季節に生じた風邪っぽい症状は、素人の見立て(体温云々だけ)で判断してはいかんということだ。身に染みたよ・・・ったく。

 結局、2/11が祝日だったこともあって2/12には出勤を開始したが、兎に角「咳」が収まらない。痰が絡むようなものならまだしも、ほぼ「空咳」に近いことから体力を奪われてしまい、おまけに強烈な目眩もあって、出勤したところで何の役にも立たぬ木偶と化していた。まぁ、それでも仕事は少なからず回っていたわけだから良しとしようか・・・と思ったら、2/16にも休暇を取らざるを得ない状況になってしまった。咳き込みが激しくて何も手に付かず、週末明けに無理を押してでも出勤するという気持ちにならなかった。

 こうした「身体に現れる症状」については、薬を飲む、寝る・・・といった処置があるわけだが、今回特に記しておくべき(この記事に書こうと思っていること)は、精神的に相当落ち込んでしまったことだ。これまでは、風邪でも何でも公私ともに「休める理由」がハッキリした際は、案外「よ~し、ここは休養を取りつつ、回路図の見直しだ」みたいなどこか「ズル休み」的な感覚で済んでいたが、今回は精神的にも落ちてしまい、寝っ転がった状態で何をする気も起きず、ネットの動画をボンヤリと眺めているだけという虚無な時間を過ごすことになってしまった。考えることが全部下向き・内向きになり、楽観できるようなことが何ら思い浮かばない。「ひょっとして、これが鬱・・・」と邪推するほど、今回の心の動きは異常だった。普段の自分と全く違う人間と向き合っているような感覚・・・とでも言おうか。
 ところが、やはり体調の上昇と共にこの陰鬱な気分は徐々に晴れていき、昨日辺りからはまた新たな部品探しやら電子キットの広告に目が行くようになった。漸く、元に戻ろうとしているようだ。

 今日は、3週間空いてしまった歯医者にも行き、普段の週末を過ごしている。まだ咳は完全に抜けきっていないが、もうそろそろ「厳戒態勢」は解除して良いだろう。都合丸二週間のエア・ポケットのような憂鬱な日々は、今日で終わりにしたいと心から思っている。

B型インフルエンザ

2015-02-11      
 丁度一週間前の水曜日、会社帰りに「う~ぬ、喉がいがらっぽい・・・」と思った程度でいたら、その晩に38度弱の発熱があった。翌朝は、午前中に外せない会議があり、起きしなに市販薬を飲むと37度前半まで解熱されたため、「なんでぇ、タダの風邪かい」と思いつつ出社。ところが、会議終了後に顔が火照り出し、午後から危急の予定は特になかったことから大事を取って有休消化とした。
 掛かり付けの医者に行くか迷ったが、「夕方、もし酷かったら行くべ」とそのまま帰宅すると、体温自体はやはり37度少し。どうも、市販薬がきちんと効いているっぽいことから、そのままゴロゴロして過ごしていたが、夜になると38度超えの発熱。

 翌金曜は咳が酷くなってきたこともあり、様子見で有休消化と決めてしまい、例によって市販薬を飲んだらまたしても熱が37度前半に推移・・・一体、何なんだ
 この間、まずまず消化の良さそうなものを食する程度にはしたものの食欲は特に落ちることも無く、熱が下がっている間は少々フラッとする程度で普段とあまり変わりない感じだったが、流石に細かいことをする気が起きない。ネットで古いトーク番組を見つけて、それをボンヤリと見聞きしているという病人らしい過ごし方でゴロゴロとしつつも、まぁそのまま土日突入となれば都合3.5日のちょっとした「連休」になるわけだ。
 ただ、流石にここまで「夜間に高熱」という状態が続くと、単なる風邪ということも無かろうか・・・とやや訝しく思っていたら、仕事から帰って来た娘が真っ赤な顔をしていたため熱を測らせると38度近い発熱・・・もう一人患者が増えたようだ。

 迎えた土曜日、時間を見計らってそそくさと病院へ。何と、病院での検温結果は36.5度・・・平熱である。真っ赤なお顔の娘も見て貰ったら見立ては「風邪」。ただ、二人とも咳が酷いんでそのことを告げて薬だけ貰って帰ろうと思ったら、「念のためインフルチェック、やってく」となり、チェックキットの結果は一目瞭然・・・「おや、二人ともB型だ・・・」。
 B型インフルエンザの発症は、その病院では「今年初めて」ということで何やら珍しいものが出たようにも思ったが、A型が終息方向に向かう2月頃から徐々に流行を始めるものらしい。詰まるところ、仲良くタミフルを貰って帰宅した。

 そして現在・・・流石に熱は下がって久しいんだが、相変わらず咳が出る。一度し始めると咳き込んでしまうため少々厄介だが、明日からは出社しないと、溜まった仕事がやばくなってきた。

 それにしても、例の市販薬・・・こいつはよく効いているように思われる。案外、この薬でもってインフルエンザとは気づかずに乗り切っちゃう人も多いような気もするが、ええんじゃろうか。

信州のんびり巡り

2014-08-17      
 昨年の夏期休暇はお伊勢さん・・・灼熱地獄の中、白い石を運ぶ「偽神領民」と化して活躍したわけだが、どうやらこの久し振りの家族旅行に皆が皆、味を占めたらしい。今年も早くから「夏はやっぱ避暑でしょ」と決め込んで、春に生まれた孫(注:実は、孫などいるような年齢ではないんだが、何事も「早め」に過ごしたある意味の成果である)を見物に行きがてら、長野県北部でのんびりしようと計画した。

 例によって我が家族御一行がずっと世話になってきた伯父も同行ということで、都合6名は12日の12時24分、東京発長野行きの新幹線に乗り込んだ。そしてこれまた例によって年に一度の「高級弁当」を皆で平らげるわけだが、どこでどう間違えたのか座席指定を違えてしまい、5人分しか席を取っていなかった。詰まるところ、自分は自由席へ。上野を過ぎた辺りから弁当を高速で食し、柿の種をつまみにビールをグビリとやりつつしていたら、大宮辺りで寝てしまった・・・。気付けば上田である。まぁ生憎の雨天・曇天に加え、長野新幹線の車窓は全く以て詰まらないから、ある意味正解だったであろう。

 この初日の予定は「宿に辿り着くのみ」という、何ともアイディアのない旅程である。宿の送迎バスが最寄りの「小布施駅」まで迎えに来る時間が決まっていて、爺(伯父)婆(お袋)2名の健康を考えて・・・というか、この2名が揃いも揃って前々日まで帰省していたため、疲れを考慮してのことである。その上、今回は温泉宿を予約・・・とっとと宿について大きな風呂に入るというのも、がつがつとあちこちを見て回る慌ただしい旅より具合が良いとも言える。

 長野駅で新幹線から通称「ながでん」・・・長野電鉄の普通電車に乗り換えた。長野駅から暫くの間は地下駅が続く。東急のアルミカーの払い下げを使っているため、発車するまでは何やら日比谷線の駅に停車中の雰囲気であったが、地上に出て見晴らしが良くなると、全く当たり前に「山」が見えてくる。こうなると、アルミカーに揺られていてもちょっぴり旅情も感じるわけだ。小布施駅までの30分ほどは、車窓を満喫することができた。
 同行した弟が「100円プラスで特急に乗れるぜ」と、スマホで検索した情報を教えてくれた。翌日はこいつに乗ってみようか・・・と、さっき長野駅で見かけた赤い電車を思い出した。やはり、アルミカーより赤い電車の方が格好よいわい・・・と子供の如く思った。



 小布施駅周辺は閑散としていた。小さいとは言え観光地の駅なのに駅付けの土産屋と観光案内パンフがあるだけで、果たしてここを目当てに人が来るんだろうか・・・と心配になった。が、到着して凡そ20分後には送迎バスがやってきて、駅を後にした。
 バスはどんどんと山を登っていく。今回の宿は「山田温泉」・・・初めて行くところだったが、山あいにある涼しげなところという印象だ。真夏故、木々は濃い緑である。然るにベストシーズンはやはり秋だろう。まだ青いリンゴ、そろそろ収穫を迎えるブドウなど、長野を代表する果物畑をちらほら見つつ、20分ほどで宿に着いた。
 後は温泉、夕食・・・と続いていくのであるが、今日のメインは「プライベート露天」である。家族で貸し切り状態にできるもので、勿論男女の別はあるが、「余所の人」がいないわけだ。大きな蛾を追いやりつつ浸かる熱い湯と夏にも関わらず冷え切った夜気を交互に味わった り、大きなミヤマクワガタがひっくり返ってジタバタしているのを助けてやったりと、電球だけが頼りの中、のんびりと過ごすことができた。

 実はこれら宿の中のスナップは殆ど無い。というのも、今回は春先に購入したデジイチを持参したことで、ちょっとしたシーンを撮るのが億劫になってしまい、結局こうしたお手軽スナップ撮影は娘に任せてしまった。即ち、この日の「この一枚」は小布施駅の看板ということに・・・と思ったら、そうでも無かった。

 13日の未明は、毎夏訪れる「ペルセウス座流星群」の極大である。生憎の天気、そして山あいの宿故ちょっと躊躇したが、夜半過ぎに部屋の窓から空を眺めると、何と雲が完全に切れて夏の星座が見えている。こうなると、ちょっと夜更かしをしたら上手いこと見られるんじゃないか・・・と思い、夜風に当たりながら暫く待っていた。
 ところがよく見てみると、十六夜の月が窓の左側から照らしているのが見える。ということは、輻射点とは真反対の位置を眺めることになるわけだ。これでは、少々難しいことになる。それでも時々、窓から見える範囲に目を凝らしていたら、肌寒さを感じるほどの夜気と眼下を流れる渓流(といっても暗くて見えぬが)の音に目が冴えてしまった。結局一つも流星を拝むこと無いままに外が白み掛かり、十六夜が山の稜線に沈みゆく様を眺めていた。



 300mmの望遠でパチリ。うさぎの姿までくっきりと写すことができた。満足して、数時間の仮眠へ。

 翌日は長野市内に住む息子の家・・・というか、お目当ては「孫見物」である。朝の送迎バスで小布施駅へ、そして長野駅まで戻り、そこから一路タクシーで息子宅。無論、小布施駅から長野駅までは「特急」に乗ることにした。



 この特急は「スノー・モンキー」という愛称だそうだが、どこでどう聞き間違えたのか、我がお袋が「スーパー・ゴリラ」と言い放ち、皆に失笑を買っていた。やはり「100円高」の意味はあって、リクライニングの広々シートと自分向きに冷風を噴射してくれる機能(なんて言うんだろうか・・・)が有り難い。

 息子宅では、我が孫娘が中心的存在である。即ち、詳説はここには記さぬが、「数週前に寝返りを覚えた命」を皆思い思いに愛でていたので、この旅行はこの時点で既にその役割を果たしたと言って良い・・・が、午後からは善光寺に足を伸ばした。

 善光寺は何といっても「お戒壇巡り」がメインである。大昔に世田谷在住だった頃、玉川大師の地下霊場に行ったことがある。それこそ鼻先をぺろりと舐められても誰に舐められたのか絶対に判らないような真っ暗けっけ(この例え様は、きっと誰にも伝わらんだろうなぁ・・・)の経験はあるが、興味津々の娘と甥っ子の先導役として入場した。本当に真っ暗けっけの迷路で、携帯電話のライトを付けた馬鹿者がおり、「きっと、あ奴は地獄に落ちるよのぅ・・・」と思いつつそ奴を一喝し、やや怖々と着いてくる2人の子分を従えて、いざ錠前、錠前・・・すると、薄らと出口が見えてきた。即ち「素通り」である。引き返すこともできず、外に出た阿呆3名は、「また来なくっちゃジャン・・・」とリベンジを誓ったのだった。

 善光寺の本堂や大きな門の写真は他に譲ろう。ここでは奇を衒って「逆の眺め」を披露したい。



 善光寺参りを終え、直ぐ近くの「東山魁夷館」を回ってきたあと、再度参道に戻ってきたところだ。仁王門を裏から撮影したわけだが、並んでいる店屋の佇まいが素敵だ。ここで名物の七味唐辛子と「唐辛子の種」という柿の種の辛いバージョンを買い(ここのブログ主は、比類希な辛党である)、その他皆の衆も思い思いの土産を買い込み、循環バスに乗って長野駅へ、そして今日の旅程は終了と相成った。
 この晩は定番の「大浴場」で長時間湯船に浸かってややのぼせ気味だったものの、前日の寝不足も相まってコロリと寝入ってしまい、翌朝の朝食時間まで爆睡してしまった。

 最終日の14日は小布施を歩いた。定番の北斎館を巡って漫ろ歩き。北斎館では、江戸末期とは思えない画風と色使いに感嘆し、絵はがきと絵入りのクリアフォルダを買った。特に「桔梗」の絵が気に入った。

 昼近くになると、少し小粒の雨が降ってきた。湿度が高くて過ごしにくかったもののやはり千葉県北西部とは違い、日陰で風に吹かれると心地よい。名物の蕎麦を平らげたら、何やら爺婆が「ジャム、ジャム・・・」とジャム屋さんを探し出し、友人への贈り物をし始めた。そのジャム屋さんの店先に・・・



 ブリーベリーのようだ。摘まんで食べてみたいところだったが、流石に止めておいた。それぞれの粒が熟し具合で色が違っているところが面白い。

 そうこうしている内に帰りの時間だ。小布施駅までノロノロと歩き、随分と長いこと電車を待った。そして長野駅を経て東京駅・・・18時には戻ってきた。こうなると、締めのイベントは夕飯ということになる。



 鰻重で締め・・・昨夏の旅行と同じ締めになってしまったが、これは昨夏食わず嫌いが治った3名による「たっての願い」。伯父に奢って頂いた。美味い食事で会話に華が咲き・・・それでも帰らなければならない。頃合いで伯父と別れ、馴染みの電車に乗った。
 14日21時に全員無事帰宅。荷物は宅配便にしたから、まだ「帰路」だ。思いの外暑くなかった家の中(31℃くらいだった)、掃除し立てで絶好調のエアコンをフル回転させたら30分ほどで過ごせるようになり、慣れた布団にゴロリ。

 これで今年の旅はお終い。また一つ、思い出が増えた。来年は草津辺り、いやいや河口湖もいいぞ・・・既に計画が始まったようだ。

3年振りのエアコン掃除

2014-08-10      
 我が家のエアコンは、冷やす体積に対して非力なものである。そもそも、エアコンが設置されている部屋とその続き部屋くらいは冷やせるだろう・・・といったコンセプトのものに、「遠く離れた納戸」たる我が引き籠もり部屋まで何とかさせようというのが無謀なわけだが、「フル稼働」を強いて何とか凌いでいる。まぁ、可哀想なエアコンだ。

 過日、またしても不規則な吹き出し(風がヒュンヒュンと強弱を繰り返す)が現れた。その原因が「埃」であることは、ここ数年の経験から直ぐに判明。例によって埃取りを敢行したが、苦労に反してあまり改善しない。昨年まではこれで何とかなっていたわけだが、既に家族全員がエアコンなしでは眠れない脆弱軍団に於いては、この微々たる改善では満足が行かないことは明白だ。つまるところ、ちょっと本格的な掃除・・・いわゆる「水洗い」を思いついた。

 家庭用のエアコン掃除では、熱交換部分であるステンレスの「フィン」と、風を送り出すための「ファン」を綺麗にすればよい。とりわけ「フィン」の洗浄に関しては、様々なメーカから扱い易いスプレー式のものが販売されておりそこそこ効果もあるが、どちらかというと「埃臭・カビ臭」を排除するようなものが多い。
 このフィンの部分にある程度液体を吹きかけても、そもそも排水できる機能を持っている場所だから問題ない。それこそ気に入った芳香の洗浄剤を吹きかけてお茶を濁すことは可能だが、総じて「綺麗」といった風にはならない。やはり「水洗い」に近い形の作業で、目詰まりしたフィンの隙間を洗い流すことが必要。実際、フィン洗浄に向いた溶液も売っている。

 ファンについては構造上、洗浄するための工夫が必要・・・風を吹き出すべくエアコンの下部に位置することと、「液体で洗うこと」を前提にしていないためそのまま水洗いすることはほぼ不可能であり、勢い「何かを吹き付けて洗い流す」という行為には養生用のシートが必要だ。市販品が勿論ある。ただのビニールとゴムが構成材料だから、2千円弱の価格はちょっと高い気もしたが、要は「家庭用のエアコン掃除ならこの形でしょ」という、正にベストフィットの形をしている。仕事中であったが、「夏休みの一大行事の必須アイテム」として購入すべく、スマホからポチってしまった。

 液体を拭きかける、それも勢いよく・・・となると、コンプレッサ式の電動のものが必要なのだろうが、素人が「試しに洗ってみよう」という企てに、あまり豪勢な機材を用意するのはナンセンスだ。そこで、ペットボトル用の噴霧ノズルを購入してみた。勢いこそ足りなさそうだが、ピンポイントで狙って噴霧できることや、動力源が「手」であることなど、失敗覚悟のこの掃除作戦には丁度良い。これも序でにポチっとな。

 さて、問題は洗浄液。噴霧ノズルまで用意したから、それこそ「専用」のものがあれば・・・と探してみたが、前述の「フィン用」はあるが「ファン用」はムース状のものしか見当たらない。これはこれで良さそうだが、要は「プラスチックに付着した埃を洗い流せばよい」という風に考えると、そんなに大仰なものを準備しなくても済むんじゃないか・・・というわけで、100円ショップで重曹を買ってきた。にわか造りの「弱アルカリ洗浄剤」である(500mlに対し、大さじ一杯ぐらいの濃度で作った)。



 いざ掃除開始・・・って、この間は洗浄に夢中で、スナップ撮影どころではないのである。ほっかむりの如くエアコンに養生シートを掛け、このにわか洗浄剤を吹き付けたらどの程度の「汚泥」が出たのかだけ、証拠写真とした。



 この黒い柱のようなものが、エアコンから採集された埃の水・・・まさに「黒カビ一杯」の感じだ。この後バケツにぶちまけたが、墨汁のようであった。こんなものをすり抜けてきた風を浴びていたのかと思うと、ちょっとぞっとする。が、今まで突っつき落としていたファンの隙間の埃を、見事に根こそぎ取り去ることができたようだ。都合2時間余りの作業としては上出来だろう。

 掃除した晩もいつものようにエアコン全開で寝たが、連日と同じ温度設定でも些か寒かった。即ち、これが我が家のエアコンの実力ということになるということか・・・。ということは、またしても数年前の如く「電気の無駄遣い」をしていたということなのだろうか・・・。

もう一つの趣味、始める

2014-03-03      
 「科学」が教育の中でも特に持て囃される時代に育ち、自分も「ムシ⇒ホシ⇒ムセン」の順で趣味を持つ少年時代を過ごしてきた。とりわけ「ホシ」に関しては、天体望遠鏡を振り回して都内からでもよく見える星を追っかけた。じっとしていない月、木星の衛星、太陽黒点、オリオン座の大星雲、すばる・・・まぁ、ごく普通の星好きな少年だったわけだ。

 過日、ちょっとしたネットサーフィンの折に、Pentax が販売している簡易な天体追尾装置を見つけた。これは、カメラの手ぶれ防止機能を逆手に取った非常に面白いアイディアで作られた装置で、カメラのストロボの位置に取り付けるモノである。なんと、ストロボより小さい代物だが、上手くするとそこそこの星野撮影ができるということらしい。これ欲しい・・・とガキの如く思ったが、どうやらこの装置に合う「Pentax のデジイチ」が必要だということが判った。
 適合機種を見ると、そこそこ新しい機種しか対応していない。つまり、新品で買えば一財産が飛んでいくという覚悟、さらに大した写真が撮れなくても後悔しないという思い切りが必要なわけだが、「ひとまず中古のデジイチでいいじゃん・・・」と、悪魔が囁くわけである。つまるところ、適合機種の中では最も古い「K-r」という機種に目を付けた。

 話が飛んでしまうが、「カメラと言えばPentax」という焼き付けは、小学生の頃に聞いていた日本短波放送のCMによるものだ。そして、全盛だったMシリーズの中でも「ME」を持っている金持ちのボンボンもいた。そんな懐かしさを誘うブランドのカメラ・・・実はブログ用のコンデジをPentax にしたのも、実はこの辺りに誘因があったと思われる。

 折角のデジイチ使いになるんだからレンズも欲しいが、限られた小遣いの範疇ではこちらも中古。ただ、50mmくらいの比較的明るい新品レンズもどうせなら欲しいと思い、本体とレンズ合わせて万券5枚を予算に中古漁り・・・というか、ヤフオク巡り。斯くして、本体が2/24に到着したのを皮切りに、諸々の機材が我が家にバラバラと到着した。



 本体はシャッター回数が4千回余りとのことだったが、念のため「PhotoME」で確認すると確かにその通り。外見にキズも見当たらず、まずまず「上玉」を手に入れたようだ。手頃なズームも購入したため、先週末はちょっと近場でも撮って回ろう・・・と思ったら、全くの悪天候。結局、部屋の中のガラクタを撮っては悦に入っていた。

 昔からカメラをやっている友人に「防湿ケースは要るかいな」と聞いたら、「百均のケースに乾燥剤でひとまず試してみよ」と言われ、雨の中を近場の百均まで買いに行った。



 ちょっと大きめの隙間には目張りをし、ケースの中に湿度計も入れて完成。都合500円。これで、一晩おいておくと室内で60%超の湿度が50%以下となった。

 さぁ、準備は整った。いい写真が撮れたら、「Zaregoto」の飾りにしようと思う。

車窓から肉眼で黒点見たり!

2014-02-04      
 一昨昨日の土曜日、長男の赴任先である長野市に行った。子供たちのPCが全て自分の「嗜好」で自作機になっているばかりに、Windows7への入れ替え作業をしにいったわけだ。仕事がかなり忙しい中、何とか「持ち帰り仕事」にしないよう前日に頑張り、事前にWindows7を準備し、「迎えに来い」というやや横暴な要求に車で迎えに・・・とここまでは良かったのだが、最寄りの三郷インターまでの渋滞が酷く、結局暗い関越道を走って行くばかりで、正に「仕事で出張」のような有様だ。

 21時少し前に長野市に到着し、長男行きつけの店で食事・・・もとい、ビールと日本酒をタップリと飲み、0時過ぎに「代行」を呼んで長男宅へ。そこから作業開始して03時過ぎに一旦就寝。翌日は08時に起きてネット関係の設定をしたり、必要そうなフリーソフトを入れたりと、それこそ「至れり尽くせり」である。昼は寿司を喰らい、四方山話も束の間、15時過ぎには帰路についた。実にあっさりした「遠征」だ。

 帰りは新幹線。長野駅のみどりの窓口が超混みで魂消たが、自販機で切符も首尾良く確保し、「では、さらばじゃ」と別れを告げ、いざKIOSKへ。「例のもの」を買い込んで「1時間ちょいの新幹線の旅」・・・5号車の後ろの方に乗り込んだ。



 この黄金律 正しく「至福の時」である。誰がこの組み合わせを考案したのか知らぬが、実に、実に美味いのである。そして車窓には・・・



 やはり冠雪した山々は普段滅多に見ることがないため、「随分遠くに来たなぁ」といった錯覚に陥るが、それこそ1,2時間で出会える風景でもあるわけだ。

 ほどなく大宮着。ここからは、お馴染みのローカル線を乗り継いで帰るわけだが、車窓から沈みゆく夕日をぼんやり眺めていたら、なんと「黒点」を見つけた。肉眼で見えること自体は知っていたわけだが、生まれて初めての経験だ。ローカル線故、写真を撮るのを憚り、乗換駅の武蔵浦和まで我慢したのだが、時既に遅し・・・。



 雲に半分没してしまった太陽・・・まぁ、没していなくても写真に収まったかは謎ではある。肉眼観測できただけでも良しとしよう。

 ふっと思い立ち、ちょうどその頃の太陽黒点の様子をダウンロードしてみた。



 「日」という字の真ん中の横棒は黒点を描いたものとされているが、確かに太陽の赤道辺りに出現し易い黒点を模したら、横棒一本になったに違いない。

 怒濤のように駆け抜けた二日間・・・どうやら「睡眠」以上の「休息」だったようだ。

落ち着かない我がPC

2014-01-19      
 新年明けてから何やら忙しげな日々が続き、おまけに一昨日(金曜)の深酒で土曜が壊滅・・・何となく損した気分だ。幾ら接待とはいえ、少々調子に乗り過ぎたと反省している。

 Windows7への乗せ換えを終えた我がPCだが、ちょっといじくったら欲が出てきてしまい、安モンのグラボを載せてみた。ホンの数千円だが載せたなりの効果はあって、3Dグラフィックがより精彩に見られるようになった。しかし、案の定内部温度が上昇 グラボの温度が70度超まで上昇してしまう。やはり、スリムタワーにファンレスのグラボはきつい。そこで、メッチャ静かなケースファンを取り付けたら何とか60度台で収まるようになったが、室温20度でこの有様・・・ということは、夏場はちょっときついかも知れない。

 グラボ冷却用のファンでも取り付けるべ・・・と思っていたら、今度は電源の内蔵ファンから異音発生 分解掃除をして何とかなったんだが、もうそろそろ壊れてもおかしくはない。この際、電源を取り替えても良いんだが、直ってしまうと「交換欲」が下がってしまった。

 明日は夕刻に秋葉原辺りを通過するため、ちょびっと寄り道をして「DOS/V関連部材」の偵察でもしてこようと思っている。

遅まきながらのPCアップグレード準備

2013-12-23      
 「アマ無線上等」を標榜する以上、このblogにはもう一つの趣味でもある自作PCネタはあまり書かないようにしているが、ここ3年ほど何のストレスも無く動いていた自分のPC&娘のPCが来春迎える「OS寿命」のため、止む無く「OSアップグレード」の準備を始めた。

 「DOS/Vマシン」なんていう呼称は既に死語中の死語になり、秋葉原の北西部にあった「DOS/Vショップ村」(こんな呼び名は存在しない・・・念のため)の店舗も殆ど駆逐され老舗の数ショップが残るのみとなったが、それでも死滅はしていない。先々週の日曜にWindows7のDSP版(2TBのHDとの組み合わせ)を購入してきたが、やや億劫に感じる作業に加え、何らのハード的なアップグレードもせずにXP⇒7という「1個飛ばし」。まぁ、何とか動くであろうスペックのPCではあることと、大局的にXPと7は殆ど変わらないパフォーマンスであることから、ひとまず現状のPCに7を入れてみて、ダメなら買い換えかなぁ・・・という感じで準備を始めた。

 4,5年前までは、仕事の持ち帰り&セキュリティがそれほど煩くなかったから、自宅の個人PCと言えどもある程度の処理能力が欲しかったが、その後「個人PCを仕事になんか使ったら、お仕置きどころじゃ済まないわよ」ときつくきつく言われ始め、そこそこのノートPCを別途会社から貸与されているため、個人PCとしてそれほどパワフルなモノは必要なくなった。ましてや、「8への移行」は愚の骨頂である。きっと、7の寿命が尽きる前に「9」が登場するに違いない・・・まさしくソフト屋さん得意の「やっぱ、奇数バ~ジョンだわさ」という読みを盾にして、Windows7へのバージョンアップのみに懸けてみたわけだ。自分のPCは、AMDのPhenomのかなり後半の奴を使っていることから、現存のインテル「i3」と良い勝負かと思っているが、果たして・・・

 昨日はPC内のファイルを整理したり、入手したHDにUSB経由でバックアップして長時間をロスったり、有馬記念で散財したり(ここ2年ばかり年末競馬で『マンシュウ』があって潤っていたため、今年も・・・と願ったが、「The 玉砕」という無念な結果に。オルフェーブルが強すぎたのが敗因だが、こんなクソ度本命を外して予想する方がアホウの極みでもある)と、まずまず予定通りの()一日を過ごし、今日は娘のPC用のHDをフォーマットして・・・と思ったら、この時点で「初期不良」が フォーマットが途中で終わってしまうという珍しい現象で先に進めず、あれやこれやの試行錯誤に結局時間を取られて浪費の一日になってしまった

 まぁ、本作業は暮れにするにしても、このHDの交換は早いところ済ませないと・・・ということで、明日は「秋葉寄り」を敢行すべく、仕事の予定の立て直しを画策中である。やれやれ、師走はやはり師走だなぁ・・・。

白い石を運ぶべし!-其の参(了)

2013-08-15      
 八月十一日は、帰りしなに外宮さんに寄ることにした。子供達も何度か訪れているから思い出深いのであろう、このプランには賛成してくれた。

 チェックアウトから鳥羽駅出発までの時間を利用して、手持ちの荷物を片っ端から宅配便にして貰うと、ウソのように何も持たずに済む状態になった。これが有り難かった。昔は、この上に土産を持たされ、何やら荷物運びのアルバイトのような格好になってしまったものだが、今や実にスマートである。11時頃にホテルを出て、またしても宇治山田駅までの移動からスタートだ。

 今回の大移動でさんざん世話になった近鉄ビスタカー・・・やはり、旧式に近い車両がよい。



 この味わいのあるカラーリング・・・と思うのは「自分勝手な思い出のせい」だろうが、まだまだ新型車両より多くこのタイプが走っているのが近鉄の良いところだ。

 この沿線には、アマチュア無線家に馴染み深い山がある。JA2IGY・・・周波数基準のビーコンを発する「朝熊山」である。実は、今回は独りだけもう数泊して朝熊山に登ってみようと画策したのだが、連続休暇日数的に難しくなったため途中で諦めた。そこで、せめて撮影しておこうと山間を走る車窓から朝熊山を狙ってパチリ。



 見えた と思ってシャッターを押すと、木々に隠れてしまうのである。遠ざかりゆく朝熊山に3度もシャッターを押して、それが全て線路脇の木・・・何だか可笑しくなって撮るのを止めてしまった。近い内に、無線機背負ってもう一度来ようと思った次第。

 さて、宇治山田駅からタクシーで外宮前に着けて貰い、早速散策開始・・・本当はお参り主体の筈なんだが、やはり昔行った様々なところを回る方に偏ってしまうのは仕方がないところ。本殿にお参りをする前に、脇道に逸れて「狐の穴」と称する木を見に行った。



 樹齢何年かも解らぬほど太い木の根っこに祠ができている。伯父に言わせると、本当に狐の巣だったというが、まぁ確かに十分住み処として機能するほど大きな穴だ。
 一般の参道から少し脇に入ったところだから、自分が小さい頃は人なんか全く来ないちょっと不気味でもあるところだったが、今日は少し人影が見られる。せめて悪戯などされずに残って欲しいものだ。

 参道に引き返して鳥居を潜る。



 まだ、建って間もない鳥居はやはり綺麗だ。陽が差している部分が輝いていたりする。鏡に代表される「光を放つもの」は、太古にはやはり静かな驚きを誘うものであったに違いない。

 暫く歩くと、本殿前に到着だ。ここで賽銭を投げ入れる。



 苔生した茅葺き屋根と色褪せた鳥居とは対照的に、手前の新しい木の灯籠が目映い。この古い建造物も取り壊されると、全国各地の由緒ある神社に配られる。無論「檜」であるから、太いものならきちんと削り直せばまたしてもピッカピカに蘇り、格好の修繕材料になるのであろう。

 この鳥居の正面に池があり、その左手を上がっていくと3つのお宮・・・多寡宮、風宮、土宮がある。自分のお気に入りは一番手前にある「風宮」だ。



 本殿に比して大変小さなお宮だが、昔からこの佇まいが好きである。蒙古来襲の際には、ここと内宮にある「風日祈宮」で祈祷したところ『神風』が吹き起こり、敵を退けたと言われている。何とも豪快な神が住んでいるようだが、この少し遠慮がちなお宮が風を司るという部分に、子供ながらに「かっこいいなぁ・・・」と思っていたのである。

 既に一度渡ってきた大きな平たい石・・・丁度、風宮の横の地面にあるこの石は、土着の長を祀った古墳の扉と聞く。



 光の加減で判り辛いかも知れないが、縄の影の右側に幾つかポツポツと穴が開いているのが見えるであろう。雨だれで開いたとされる穴だが、果たして同じ箇所に水滴が落ち続けるものなのか・・・というのが子供のころからの謎である。

 参道を戻って、今回初めて「遷宮館」に行ってみた。ここは、ご遷宮の歴史を紹介する映画や、神殿の模型、各種の宝物や捧げもの(勿論、模型ではある)を説明する資料館で、勾玉池の畔に最近(と言っても数年前)にできたらしい。我が「イトトンボの住み処」たる勾玉池を荒らすとは何事 と息巻いても始まらないが、果たして・・・と思ったら、殆どの場所が「撮影禁止」だったので詳細略 まぁ、上映されている映像も綺麗だし、品々の解説は非常に丁寧だし、何と言ってもクーラーが結構効いていて非常に助かった。

 順路の最後が少し勾玉池にせり出すように作られており、一望できるようになっていた。



 写真では綺麗に見えるが、この池の水の透明度はほぼゼロだ。いわゆる「ヤゴ」の宝庫のような池・・・これが勾玉池である。昔は、ミズカマキリやタガメなどのちょいと珍しい水生昆虫がいたり、ヤゴがメダカに食らい付いていたりするのをよく見たものだが、今回そこまでは観察できなかった。
 奥に見える水草の向こうまで池の畔を歩いていくことができ、この辺りにイトトンボが群生していたが、これも確認しなかった。もし一匹も見つけられなかったら・・・と思うと、知らずにいた方が良いように思えたからだ。
 今年はご遷宮を含めて、きっと大勢の観光客で賑わうであろうこの地には、やはりもう少しタイミングを外して来てみようと改めて思った。

 少し遅めの昼食は、宇治山田駅近くの割烹にした。各々好きなものを食べ、自分は勿論 を幾杯か飲むと、そろそろ家路につかなければならない時間となった。



 初日に撮れなかった宇治山田駅の外観も、漸くカメラに収まった。綺麗に修繕されていても、佇まいは昔のままである。子供の頃、伊勢市駅に止まらない列車で帰るときは、ここまで伯母が車で送ってくれた。従兄弟や大好きだったおばあちゃんに手を振って列車が動き出すと、妙にしんみりとしたのを思い出す。そして、次の駅が伊勢市駅・・・ここで下りることができればと、さらに寂しくなってくるのである。今回は正にこの通りの帰路となった。



 車窓に車内が写り込んでしまったが、その向こうに見える伊勢の街、次回は自分のペースでゆっくり来てみようと思う。そして、朝熊山に登り、イトトンボを見、ブリでオニヤンマを捕まえ・・・既に次の「帰郷」のプランは決まったようだ。

白い石を運ぶべし!-閑話

2013-08-15      
 小さい頃は、母の実家を「伊勢」と称していた。その「伊勢」から最寄りの、それこそ2,3分で行ける外宮さん・・・通称「げくさん」(げくうさんときちんと言う人が多いと思う。アクセントを付けるなら、最後の「ん」だけが高い)は、小中学校時代の長い休みの記憶が詰まった場所である。夏休みと冬休みは勿論、春休みにも時々行っていたから、長いときでは1年の内2ヶ月ほどは「伊勢」にいた勘定になる。そして、外宮さんにもほぼ毎日通っていたようなものだ。

 冬休みは大晦日と正月の参拝が中心だ。「伊勢」に着いた次の日には必ず参拝し、正月三箇日、そして帰る日の朝にも参拝するわけだが、冬休みのメイン・イベントは何と言っても大晦日の「どんどん火」である。
 内宮・外宮は、大晦日に限り夜の参拝が認められ、参道のあちこちに火が焚いてあり、そこで長い棒が付いた独特な餅焼き網に丸い餅を挟み入れ、焼いて食べる。無病息災と長寿を願うわけだが、子供にとっては夜中に外で食べる熱い餅は実に美味しい。少し砂糖を付けながら食べると、さらに子供向けの焼き餅になる。
 外宮さんの杜が漆黒となり、焚き火から離れると真っ暗になってしまうから、少し勇気を出して大人と離れて歩くのが手軽な肝試しだ。従兄弟達と手を繋ぎ、足早に歩いて大人から距離を置こうとする度に「こらっ」と叱られ戻ってくる・・・これを飽きもせず繰り返していたわけである。
 子供は22時くらいには帰ってきて年越し蕎麦を少しだけ食べ、NHKの行く年来る年をBGMにして床につき、翌朝は歳の順にお屠蘇を頂いて雑煮を喰らい、またしても参拝・・・初詣に出掛ける。昨夜の焚き火の燃え残りを除けながら参道を歩き、まずは本殿前で賽銭を放り込む。正式とされる二礼・二拍手・一礼とは無縁の「二拍手+あん」(あん・・・は仏壇で拝む時と同じだ)で済ます。
 そして、多寡宮、風宮、土宮を参拝するために踵を返し、亀と鯉の沢山いる池を右手に少し高い方に登っていくが、そこに小さな穴の開いた石が橋のように横たえてある。かなり大きな平たい石だ。
 聞くところによると、外宮裏手の山の天辺には古墳があり、当時天皇がこの地に神宮を建造する際に居た土着民の長を鄭重に弔ったもののようで、その古墳の入り口を閉ざしていた言わば「石の扉」であるらしいが詳しくは知らない。まぁ、自分らにとっては「石に丸い穴が開いている」という所が妙に神秘的で、それも「水滴でできた穴」と教えられたが本当だろうか

 春休みのことは、そもそも毎年行ったわけではないから殆ど覚えていないので端折るとして、やはり何と言っても夏休み・・・専ら、外宮さんは「昆虫採集の場所」と言っていいだろう。
 鳥居に守られた内側では無論、昆虫採集など一切できない。これはかなりきつく言われていたことで、たまたま木々に珍しい甲虫が止まっていてもじっと観察するだけで我慢していたが、鳥居の外は別次元・・・昆虫の宝庫と言って良いだろう。

 まずは単純な話であるが、クマゼミを筆頭にそれこそゴマンと蝉がいる。蝉取り専用の継ぎ柄ができる小さな網で、それこそ簡単に取れる。外宮周辺の木々で取った自己最高記録は1日で101匹也。 詳しいところは省くが、この採集姿が新聞を飾ったこともある(知り合いの新聞記者にポーズを取らされた・・・)。
 捕ってきた蝉は「伊勢の家」に持ち帰り、従兄弟の女の子が持っていた絵柄の入った薄いテープを羽根に貼って逃がす。そして、次の日はそのシールが貼られた蝉が何匹捕れるか勘定すべく、家の周りの木を隈無く探すのである。
 或いは、夕方にシャンプー容器に入れた水を持っていき、アリの巣穴くらいの大きさの穴に片っ端から水を入れると、蝉の幼虫(アナゼミと呼んでいた)が這い出してくる。これを家の中の暗いところに止めておくと夜半頃から羽化を始め、翌日には蝉の成虫になる。殻を破って出てきた直後は白、或いは淡い草色でとても綺麗な蝉を拝めるわけだ。

 次に好きだった昆虫採集は「イトトンボ」だ。外宮さんの直ぐ横にある「勾玉池」の周りには、各種のイトトンボが群生していた。3cmほどの長さの細い胴体にウスバカゲロウのようなか弱い羽を付け、それでも立派にトンボの形をしている。幾種類かおり、真っ黄色や真っ赤なもの、それぞれ色の淡いもの、青いスジがあるもの(これはモノサシトンボ・・・本当に物差しのように、均等な間隔で縦縞がある)など、一度見たら誰でも虜になるだろう。
 こいつも捕まえてくると、「伊勢の庭にある池」の周辺に放してやる。すると、その夏はずっと「伊勢の庭」にイトトンボが行き来するようになるのである。ある年には、翌年の夏に(まだ、勾玉池で捕まえてくる前に)庭で見つけたこともあり、庭に大小三つある池のどこかに産卵し、それが成虫となって飛んでいたものと思われる。

 極めつけは大型のトンボ・・・オニヤンマに代表されるヤンマの類を、仕掛けを投げて捕まえるのだ。

 外宮さんの北御門には昔から駐車場がある。真夏に大挙してくる観光客も、流石に16時を過ぎると観光バスと共に徐々に消えていき、その駐車場は「広場」に様変わりする。この上空10mから20mくらいの所を、夕方の狩猟に出てきたヤンマが悠々と通過していくのである。このヤンマの進行方向の先に「ブリ」と呼ばれる輪ゴムと糸と錘でできた簡単な仕掛けを投げると、錘の部分を小さな昆虫と間違えて捕まえに来る。すると、糸の部分に羽根が絡まって飛べなくなり、くるくると落ちてくるという、にわかには信じられないことが起きるのだ。
 小型のトンボの中でも比較的どう猛なシオカラトンボやムギワラトンボはこの方法で捕まえられるが、アカネ、コシアキトンボ、チョウトンボやオハグロトンボ等々は臆病なため捕まえられず、逆に「ナンチャラヤンマ」の類は殆ど捕まえることができる。投げ方にコツがあるし、上手くすり抜けて逃げていってしまうこともあるから、ボウズの日もあれば、多いときには7,8匹を捕まえられることもある。
 ギンヤンマやヤブヤンマ、サナエの類は、羽根の色で雄雌の見分けが付くから、遠くから飛んでくるヤンマを見つけると、「あ、ギンツのメンタや」(あ、ギンヤンマの雌だ)とかワーワー叫んで追いかけていきヘロヘロになる。そして陽がとっぷりと暮れる頃にのんびり帰ると、心配した祖父や伯父に時に怒られてしまったりもする。

 他にもちょっと珍しい甲虫・・・もうこれ以上詳しくは書かないが、時に希な種を見つけることがあってこれを図鑑で調べて悦に入ったりと、とにかく「ムシ」には事欠かなかったのである。

 もし、内宮と外宮のどっちが好きかと尋ねられたら、今でも迷わず「げくさん」と大きな声で返事をするであろう。
Calendar
12 | 2019/01 | 02
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
New !
Category
Comments
Monthly Archives
Track Backs
Counter
Sunspot Now !

 


Survey Results

 

Profile

どよよん無線技士

Author :どよよん無線技士
こおるさいん:JM1DPL

アパマンというハンデにさらにQRPまで課し、失敗連続のヘッポコリグや周辺機器の製作・・・趣味というより「荒行」か!?

メールは「JARL経由」でお願いします。

Links
Follow me !
RSS Links
QR Code
QR